♪ ノスタルジア ノスタルジア 思い出にかえれない ♪
とは中島みゆきの曲の一節ではあります。
昭和のおっさんであるわけししょう。
独り旅に出るとおセンチになるのかしら。
いやいや、人に歴史あり。
永遠の旅人、わけししょうが語りますぞ。
懐かしさって大事
未来に向かっていく前提で
懐古主義とか過去に囚われるのは、あまりよろしくないと言われております。現状を否定して「過去の栄光」にすがる生き方ってカッコ悪いし、みっともないし。
そう、誰もが前向きに生きていくしかありません。我々はもれなく死んでいくことを呑み込んだ上で、有限を謳歌するのです、どんなドン底の状態であってもです。
でもね。ホントに苦しいときとか、絶望的状況のとき、立ち返っていい。いいんだよ。いつでも帰っておいで。
「原点回帰」とは、いろいろあるけど、心地いい思い出に浸って、メンタルを整えるってのも大きい。
「懐かしい」は良い思い出から
懐かしさは、過去の記憶が何らかのきっかけで蘇って、感じることになる、心地よい感情といえます。トラウマとか酸っぱい思い出は「懐かしい」とはならないですよね。
逆に言えば、懐かしいと感じることをたくさん持っているというのは、いい人生を送っているということですね。
忘却の彼方にあった記憶や感情さらには匂いや味覚が蘇るって、時間を超えることの一形態ですね。独りタイムカプセル開封みたいなものです。
帰る場所がある
「僕には帰る場所がある」
的なことをアムロ・レイが機動戦士ガンダムの最終話で呟きました。
話が古くて恐縮ですが、わけししょうの世代はそうなので仕方がないと。
実家であったり、故郷であったり、育った場所など百人百様でありましょうが、帰れると思えるってもの素敵なことです。
お年玉と親戚
わけししょうが幼少のみぎりには、子どもたちの間でお年玉の金額を自慢する連中がいました。親戚筋からかなりの大金を手にできたことを自慢するのです。金持ちというわけでもないのに、総計10万円を超えるような猛者もいたような。もちろん、事実かどうかは分かりませんけどね。
わけししょうんちは近所に親戚が全くいませんでした。故に、親からもらうのが精一杯。そりゃあ、こども心としては悲しいことこの上なし。圧倒的に金額で及ばないのですから。
近くに親戚筋がいないことを恨めしく思ったものです。
結局はもらった分はお返しの対象になるわけで、もらいっぱなしなわけもなく、親がケアしなければならないのですが。子どもはそんなことは知ったこっちゃありません。
ただ、近所に親戚がいないことで、不便なことも少なくありませんでした。
東京人の悩みか?
東京の大学に行ってた頃、誰かと田舎の話を田舎モンわけししょうがしておりますと。
「故郷があるってうらやましい」
と生粋の江戸っ子に言われて、ちょっとびっくりしたことがありました。
なるほどねえ。そういう思いもあるんだなあ、と。「故郷は遠くにありて想うもの」っていうことですかねえ。
故郷だらけのわけししょう
欲張りのわけししょう、お聞きになったことがあるやもしれませんが、とにかく第二の故郷がいくつあんねん? って感じで故郷を増やすクセがあります。
生まれた大阪を筆頭に、育った愛媛松山、母方の田舎である長崎島原、学生からプー時代の東京池袋、留学した中国山西省、今の仕事場がある愛媛今治。
わけししょうは大阪で出生した
躊躇なく大阪生まれを賛美し、意識した瞬間に関西弁が出るわけししょう。当然、生まれた頃の記憶なんてあるわけないですが、関西スピリットを勝手に感じているのです。図々しい自己申告といえば、その通り。粉モン好き、タイガース好き、ボケるの大好き。
独特の損得感が渦巻いているエリアです。安さ最優先、お得に飛びつく、自他共にです。
スーパーマーケットで商品を物色していると、見知らぬおばちゃんが近づいてきて言います。
「兄ちゃんこっちのが得やで」
これが「三方よし」のリアルです。
サービス業の飲食業においても、質か価格か。お客に喜んでもらうことを第一に考えてやってる感が強い。
今でも、いつでも、行って楽しい。それがわけししょうが生まれた場所です。
物心ついた愛媛松山
わけししょうの若かりし頃の主戦場は愛媛松山でした。親の仕事上の都合で2歳のときに流れてきたのです。当時は橋もかかってなくて、航路が本州との生命線でした。まあ、未開の地だね。
確かに、大都会とは比べ物にならないのですが、それなりの利便性もありました。
誰かが言ってた、県庁所在地ってのが住みやすいって。
気候は温暖。災害はほぼありません。台風や寒波は避けて通る地形。
食べ物は海の幸山の幸に恵まれています。わけししょうのInstagramでご確認ください。魚介の旨さと安さは凄いですよ。天然モノと養殖モノがあなたを襲います。お口をアングリ開けてお待ちください。
なぜか都会並みの呑み屋街・歓楽街、道後の風俗街などがあります。わけししょうは縁がありませんが。お好きな方には都合がよろしいようで。
華の都 大東京
学力/経済的状況からわけ家では唯一、大学進学が許されたのです。まともに勉強した憶えはないけど。どうせなら首都に行きたい。産業・情報・文化なんでも、日本では最高峰だしね。
武術をやるためにってのが第一義でしたが、いろんな経験を積むことができました。
大学に行きながらのアルバイトの数々。職場も色々、渋谷道玄坂、神田、池袋に目黒などなど。編集スキルやチョロっとした語学なども修得したのであります。
金が貯まれば中国か東南アジア。最終的に王映海師父までたどり着いたのです。楽しんだとはいえ、エラく遠回りをしたものです。
いまあるわけししょうの礎を培ったのです。
偉そうに言ってますが、同時に自身の限界をイヤというほど思い知らされたのも事実です。経済力・権力・人脈のなさを痛感させられました。世間の厳しさ・面倒くささを喰らったよねえ。
もう一つ言えば、さあ。東京の連中って、あんまり面白くないし、冷たいと感じることもあるんだよねえ。もちろん、個人差ありありです。
中華人民共和国山西省
武術修行の地が中国でありました。わけししょうが行き来していた頃は経済発展黎明の時期であり、古き中国を感じることができたのです。
武術に限らず、多くの引き出しを増やすことができました。今後の人生に役に立つかどうかは微妙ともいえるのですが、わけししょうには大きな大きな大きな恩恵をもたらしてくれた、大いなる故郷です。食べ物も美味しいし。
故郷ついでに、わけししょうには3人の父親が中国にいました。という、認識と主張をしていました。まずは武術の師父である王映海。わけししょうの師弟関係を支えてくれた、日本と山西省の架け橋といっていい李献瑞先生。さらに、わけししょうの留学生活に大いなる彩りを与えてくれた画家の李液氷画伯。実の父親と違わない、甘えることができるパパたちでした。
思い出への感覚は男子と女子では違う
男子力を謳っているこのsiteではあります。なのに、あまり触れられていないではないか。と自分で突っこんでみたい(笑)。
ということで、たまたまラジオで言ってたのを聴いたので、それをヒントに展開します。
男子は思い出は現在とも繋がっていると考えます。一方、女子は思い出は思い出で完結していると考えます。
男子 「ロマンスは続くよ これからも」
男の子のほうが過去の栄光を引きずる傾向があるのかもしれません。
いい思い出は、これからもイケるんだから、よろしくねって感じです。なんとも都合がいい、勝手な思い込みです。
その証拠として、昔の彼女の現状が気になるんだそうです。今、何をやってるのかとか、誰とくっついてるとか、とか。
男子の方が未練たらたらってのもありそうだよねえ。
わけししょうは成功体験は非常に重要視します。しかし、それに縛られてはいけない。バランス感覚が必要かもしれません。
女子 「過去は過去 そんなの関係ないわ」
一方の女子は、サッパリしているというか、過去の男に未練はないとか。
先の男子とは逆で、過去の彼氏に関心は薄いのだとか。何をしていようが、誰といようが。
つまり、美しい思い出はそれで完結しているのです。永遠にそのまま保存されるべきと考えるのでしょう。
若かりし頃は、たぶん今より容姿端麗だったでしょうし、恋愛自体も楽しかった可能性が高い。かくして、さらに美化されていくのでありましょう。
「恋愛関係でなくなっても、いい友達として付き合いができたらいい」って言ってた女性も、その後は関係を持たないのだとか。
男子諸君、よ〜く覚えておきましょう。
過去の思い出を訊きたい?
恋愛お付き合いのテクニカルとして、過去のことについて訊くか否か。
確かにいろんなことを聴かせてもらって、知りたい知りたい。貴方のことを。
お付き合いの心理としては至極当然なんですけど、注意を要します。なんでもかんでも、訊けばいいってもんじゃないです。芸能レポーターのインタビューみたくなってはよろしくない。
もっと言えば、結婚してからでも同じ。
心理的にはどんなにくっつきたくても、適度な距離感とかは大事ですね。
あえて過去に触れないことも、そう。
わたしのことを知って
わけししょうは、自己開示は大事だって言っている。自分のことを語るってこと。いうまでもなく、そうやって関係を深めていくのですから。
知ってもらうことは大事。それも適度にしておきましょう。
でも解ってもらうとか、依存するような、過去をなぐさめてもらうことは、恋愛にはとりあえずは必要ないと思います。
いまここ、さらには未来志向でお互いを開示しあうのがいいかなあ。
恋愛関係をうまく構築していくには、知ることと知らないことの絶妙な調和が必要なのでは。
帰るところは消失していく
今回の記事は、わけししょうが東京方面に出向いたことに由来して執筆しています。ホントに久しぶり。
時間があって、横浜中華街・上野・池袋を少し回ってみました。昔、アルバイトしていたお店もなくなってたし、お世話になった大塚のお家も売っぱらってしまったとか。
もう、ノスタルジーに浸るのもほどほどでいいかなあ。
それより、時間と金ができたら、家族で来てみようかなあ、なんて思いました。でもね、自己開示はもう少し準備が整った段階で。なかなか実現できないと、口だけ番長と思われちゃうからね。適度な自己開示が大切なのです。
でも、旅は楽しいねえ。疲れを取るのにエラく時間がかかるのがしんどいんだけど。