はじめに
荒れるのですが、ここは誰もみてないので言います。結論です。
中国武術なかんずく戴式心意拳を修得するための習得については当方がお薦めです。
現代日本では、心意に限らず多くの拳種が習得することができます。遠方に赴いて学習することもできますし、時間と金をかければ中国に渡ることも可能です。名門や名家も選び放題です。
「○○拳が習いたい」ってのは、否定されることではありません。でも本音は違うでしょ。
形式や套路だけの薄っぺらい踊りレベルはもうたくさん。貴重な時間と労力とお金を遣うのであれば、どういう価値を求めるのか。
皆さんの真のニーズってなんなのか。ズバリ指摘します。それは深み/正統/真伝/極意伝にあるかどうかってことではないでしょうか。言い換えれば、習い表現し伝える価値があるか否か。
せっかくなので、その辺について語ってみましょう。
そう、バレましたか。これは営業トークなのです。
武術は習い事か
芸事。習い事。あらゆる分野があります。趣味や教養といっていい。才能がなければ、子どもの頃はやらされ感が満載かもしれません。自分で取捨選択するようになれば没頭できる場合もあります。楽しくなると人生を彩り、引き出しを増やしてくれるんですよね。
そんなレベルでの武術が跋扈しているのが現状です。形式を教えてくれるのが精いっぱい。悪く言えば健康体操ですね。もちろん否定されるものではありませんがね。
でも、危険の香りがしないと魅力を感じないんですよね。これが武術系の特徴です。敵を殺めることができる動作を操ることが楽しみなのです。そう、メインカルチャーではなくサブカルチャーに属するのは、それが大きな理由です。ミリタリーやナイフ、ガン、刀剣などと同カテゴリーにあるといえます。ここら辺も格闘技スポーツとは違うんだよね。
あくまでも現在社会に適応した次元での愛好が原則です。反社やアウトローに憧れたとしても、一線を越えることがあってはなりません。
幻想と現実
武術愛好家って、ポジティブに言えばロマンティストです。ネガティブに言えば「お花畑アタマ」です。
ぜんぜん問題ありません。好きなことに理由は要らないからです。周囲を納得させる説得力も必要ありません。
しかも、中国武術の世界って、キャッチーなんですよね。武侠小説の言い回しに近いかなあ。いろんなキャッチコピーに引っかかってしまう傾向がある人がはまっていく沼なんですね。
「勇猛なる一撃」「二の打ち要らず」「半歩崩拳あまねく天下を打つ」なんてのはかわいいほうで、表現は忘れたけど、素手一撃で殴り殺したとか身体の孔という孔から出血させるとか。
これは中国が大好きな虚実混ぜこぜです。息をするように盛ってきます。解釈の問題かもしれませんが、とにかくアテにならないレベルなのです。
かたやリアリズムに徹せれば、どうなのか。
武術原理ともいう、単純な構造に回帰していくだけです。
詳しくはここで触れませんが、武術の「正体見たり!」が重要なのです。

武術の習得は種類とかバリエーションを増やしていきます。レパトリーを増やすことが重要です。みんな、お腹いっぱいになりたいんだよ。でしょ?
しかし、武術の修得となりますと、逆に減っていきます。というか、減らしていきます。達人の域は引き算をしていくプロセスなのです。
当方が素晴らしいと自画自賛しているのは、そのプロセスを示すことが可能だからです。
主体性を発揮せよ
「武術は身体(を動かすこと)半分、頭(を駆使すること)半分」とか、「お頭(つむ)が弱いと武術はできない」とか、「考えなしに練習するんじゃネェ」って表現されます。
受け身でしか習得ってできないと思っているのが通常ですが、実はそうではありません。
このへんが修行が大成するかどうかの鍵になると思います。修行が大成するとは、悟りの境地に至ることと周辺関係から認められることです。ゴールと言ってもいい。
武術は須(すべか)らくコミュニケーションだと申しております。もっと言うと、目的を持ったコミュニケーションです。それは制敵という次元だけではなく、習得という次元から始まっています。草履は温めなくてかまいませんが、秀吉が信長の草履を懐に入れるに至った思考は学ぶ必要があります。
難しいこと言ってますかねえ。複雑怪奇ではありません。いたってシンプルです。
習得の仕方も様々です。これも主体的に選択していただきたいものです。
地理的距離や時間の制約などもありますが、工夫してみましょう。わけししょうも国境・言語・慣習を超えるような長距離戦を繰り広げてきました。
meta(facebookやInstagram)のMessengerで直接つながっての教授はオープンです。遠慮なくつないでください。あらかじめメッセージをください。日時を調整して面を付け合わせましょう。
伝書(書付)出します
武術教授関係は契約です。
試行錯誤の段階ではありますが、年度契約での書面を交付しようと思います。
これまでの功績や努力に対してカタチとしてお応えできれば、と考えてのことです。
1年契約で関係性を示します。
武術の世界では教授関係を表現する言葉は多くあります。「弟子」「学生」「教学者」「直門人」「徒弟」「伝人」「門弟」「門人」「皆伝」「奥伝」「掌門」「師範」「支部長」「代理」「預かり」などなど。
基本的にお望みの名称での関係を表した書面およびデジタルデータを授与いたします。級や段位はありませんが、ご希望であれば相談ください。
ただし、名称と実態が伴わない場合(唯一伝人とか宗家)や、わけししょう単独では判断しかねる場合は協議の上で決定します。
費用としては事務費として日本円で1万円をいただきます。 教授料ではありません。強制ではありません。あくまでも任意での事業です。
あと、改ざんとかしないでね。禍根を残すようなことになりませんよう、心からお願い申し上げます。
目録もね
ついでといってはなんですが、契約いただいた方には心意目録も出します。これも伝書に含まれるけどね。
心意には多くの技法がありますが、戴魁→王映海→北西勝海で伝承される技法を目録としてお渡ししたいと思います。
心意を学習する上での羅針盤となります。
箔をつけて手書きがいいのですが、肝心なのは格式よりも中身なので、デジタル出力したものとします。
注意事項を申し上げます。あくまでも手にした者のためのものです。プライベートでの使用が大原則です。他言は無用のことです。
本来は修得済みの技法等について列挙するのですが、心意和気派ともいうべき系統での標準を記すことにします。
今後に参加される勢力に関しては、現時点では対象としません。
申し込み方法
具体的には、直接おっしゃってください。このブログのお問い合わせ欄からお願いします。オンラSNSのメッセージでもメールでもかまいません。
送金も手渡しなり振込なり、手段はおまかせします。
とりまとめと書付の作成・お渡しに数か月は要すると思います。ご了承ください。ちょっと遅いかもしれませんが、名古屋での CULB XINYI でのお渡しでもいいかなあと思ったりもしています。盛り上がるかもしれません。
各エリアにおかれましては、希望を訊いていただきまして取りまとめをお願いします。
大意と背景
ご存知の通りですが、わけししょうも病気をしたり老いていきます。これは生物の宿命でありまして、永年のお付き合いが今のレベルを維持したままできる保証はありません。時間は限られているのです。
なんとか映像による記録は残すことができています。ある程度は動けている状態で、です。
となれば、証拠としての関係性を残すことも意味があります。
今の世となっては、あまり聞くこともないような行為かもしれません。内実が重要なので、伝書のような小道具には意味があるのか?
師は基本的に先に滅びます。これは経験した人にしか理解しにくい心理が巻き起こります。先生ロスは意外とダメージが大きいのです。
その対策という側面も伝書交付にはあります。古(いにしえ)の日本武術であれば巻物ですね。
デジタル時代の武術ムーブメントとしてはえらく時代錯誤な企てかもしれませんが、逆に新しいような気もします。
貴殿も加わってみませんか。わけししょうでした。

