心意的力の出し方

和気功夫

 

パワーこそ力! ってみたいな言い回しがありましたね。

武術の根幹は相手に当てる技術を威力の養成です。この2つで優勝です。

まあ、これも極意伝ってことでお納めください。

 

武術のロマン「発勁」

わけししょうが中学生の頃、松田隆智大先生の著作にあった一節。

 

最近、ありもしない「発勁」をまことしやかに語る輩がいる(意訳)

 

そんな感じだったと思います。

中国武術って、不可思議な術を用いる、老人が屈強な若者をこともなげに翻弄するとか。怪しげな武器で敵を倒すとか。

当時の日本は空手とかキックボクシングがメジャーでした。少林寺拳法なんかも。

見ての通り、わけししょうの華奢な体格と体力では非常に厳しい。筋力は子ども並みだし、痛いの嫌い。根性なしの怠け者でありました。あと、頭でっかちですね。理屈から入ると。

初めて格闘技系の本が「少林寺拳法入門」だったのですが、腑に落ちないというか違和感があって、わけししょうは採用しませんでした。そんなときに手にした「秘門 螳螂拳」にはけっこう衝撃を受けました。

余談になりますが、後々に螳螂拳の門派を分類するのに、なぜか「秘門」っていう系統があることになってしまいました。まさにメディア戦略の勝利だったといえましょうか。いわば、秘密とか秘伝っていう意味のキャッチだったんですね。踊らされた人、たくさんいましたねえ。背景はこのくらいにしておきます。

 

ちょっと脱線します。中国武術は「套路」という形式で稽古するのが通常です。空手道でいう「型」ですね。秘門螳螂拳では「崩歩拳」が紹介されてます。套路で最重要なのは、起こりです。そう、最初に総てがあります。崩歩拳はわかりやすい。すばらしい技で起こります。脱線、終わり。

 

本題に入りまして、「発勁」です。中国武術独特の威力なのです。筋力にたよらない、距離が近くても相手が吹っ飛ぶ、なんて素敵な。ブルース・リーのワンインチパンチが有名ですね。

約40年近く前のことなので、とにかく情報がない。当時の中国って、情報が出にくい、社会主義でもあり、とにかく謎の国だったのです。ゆえに中国武術が本格的に知られるにはかなり時間がかかるのです。

とにかく、魔法といってもいいくらい。日本武術の「合気」と双璧を成す、「発勁」が武術マニアを虜にしたのです。悪く言うと、それで人生を狂わされた人がいっぱいいたのです。わけししょうも、その1人といえます。

 

力を抜いて力を出す

発勁を一言でいうと、そういうことです。まさに、力を抜いて力を出すことに命を懸けるのです。

 

プレイヤーとして、わけししょうが武術の習得をしておりまして。高校生時分には形意拳ってのをやってました。全然、勁なんて分からない、できない。

東京に出て、通背拳ってをやってました。ここいら辺で開眼しました。ある意味、教えられることではないのです。自分で至ることができるかどうかです。

発勁の亡者たちに、わけししょうからコツをお伝えします。文章能力の限界があるため、伝わらなかったらごめんなさい。

 

まずは向き不向きがあります。筋骨隆々とかボディビルダー、筋肉を締めて力を出す人には難しい。エネルギッシュなファイターには困難だと思います。

かたや、筋力がないとか女性とか、年を取った方は向いている可能性があります。わけししょうと共に形意拳をやってた剛柔流師範がいまして。70歳を超えて、今現在、和気功夫を共にやってます。物の見事に力が抜けているんですねえ。老中国武術家が存在するのは、若い頃だと力が出るんだけど、老いるとそんなことができなくなるわけで。いい感じに力が抜けて発勁ができるようになるのかもしれません。空手家が歳をとると太極拳をやるのは理にかなっているといえます。

 

わけししょうはこういう説明をします。

あんたの腕の重さって、どれくらいですか? ンキログラムくらいはありますよね。それが相手にポンと伝われば、けっこうな破壊力になりますよねって。

 

技術的には肩の柔らかさが重要です。具体的にはこんなことをやってみてはいかがでしょうか。

 

ほぼ、門派を問わず求められるのが「力まずにスムーズに」動きましょうってやつです。スピードや威力はその次です。

わけししょうはこういう喩えをします。ミッション車とオートマ車の違いですよって。空手とかはミッションです。アクセルとブレーキを同時に踏みます。ゆえにエンストを起こします。そこで動きがきれてしまいます。武術の場合、オートマなのでずっとつながってます。加速減速で威力を出します。両者にはメリットデメリットがあります。ミッションについては体力優位で、比較的短期間でマスターできます。オートマのほうは修得そうとうが難しい。その代わりにかなり高齢になっても表現できます。

 

発勁なんてできなくていい

結論的にはそうなります。ロマンを追いかけるのも楽しいですが、そんなに面倒くさいことにこだわらなくていいのです。

わけししょうは、武術における呼吸法を知っています。でも、みんなに言ってます。できなくていいですよって。

実もフタもない言い方ですが、武術はそれだけではない。箔や権威も大事ですが、本質はそこじゃあない。

こんな記事もご参考に。

 

心意拳ってのは槍の操法から編み出されたとされています。戦乱の世では槍を持つが、平和な世で危険に巻き込まれたらどうしよう?ってことで編成されたのが心意拳であると。今現代がホントに平和かどうかは別として、わけししょうの環境での武術の在り方ってどうなんだろう。中国の片田舎に伝わった古の体術が存在し続ける意義ってなんなのかしら。

 

そういや、わけししょうの心意拳修行の際、師である王映海が最も言ってたのが「発勁!」でしたねえ。とにかく威力を出すんだ!って。上に述べた、身体の動きをオートマ車にする段階の人にも言い放ってましたねえ。師匠をディスるわけではないんですが、これは厳しいなあ。だって、できないことを初手でやれってことですからねえ。正論なんだけど、いきなりはできないって。無茶振りもいいとこです。かくして、心意の核心が外国に流失するのを防いだことになるのかぁ。日本人ってまじめだから、実践しちゃうんですよねえ。バランス感覚が鋭い人は気づくのですが、ふつうはそのままやっちゃうよ。

 

交流しませんか? わけししょうとさぁ

我々の世界は時間によって支配されています。何がいいたいのか、というとですねえ、わけししょうに残された時間は長くありません。

 

身体と頭が動くうちに、伝えたいのです。心意の面白さとか良さとかをね。そして、感じてほしい。それだけです。