はじめに
このコンテンツは「男子力」なんて冠してますが、対象としては男女問わず、が前提です。取って付けたようでごめんね。

女性にとっても、男子が身につけるべきちからを認識することが重要なのです。男特有の素養や心理を知ることで、ダンナを彼氏を息子を手玉に取ることができます。つまらないことに立腹することも減ります。男を制する者は人生を制するのです。逆に言うと、女たちを不幸にするバカ男が多すぎます。
このブログで扱う「男子力」とは人間が性差を超えて、楽しく生きていくための道標です。これを無料で! 提供しているのであります。
この度は、今更ながらの文章能力についてのお話です。
とかくこの世は理系がちやほやされます。言い過ぎなんだけど、理系に非ずば人に非ずって思ってしまうのです。
わけししょうは筋金入りの文系人間です。労働市場では冷や飯を食わされていると思い込んでいます。就職戦線でぶち当たった方もいらっしゃるのではないでしょうか。
その反撃の糸口を探ることができないか。
日本語で話し聞き書く。
そんな当たり前から、一皮むけないかなあ。
生成AIは戦うべき敵なのか
AIが人間様を差し置いてしまい、あらゆる制作物を生み出す昨今です。文章は言うまでもなく、イラストやロゴ、画像に動画、音楽などのクリエイティブな成果物をビジネスユースレベルで叩き出すのです。
残念ながら、この潮流に乗り遅れてはいけません。具体的にはOpenAIの「chat GPT」、Googleの「Gemini」、マイクロソフトの「Copilot」などです。無料でも使用できます。
「AIは脳の前頭葉の拡張だ」と言ったのはホリエモンこと堀江貴文さんだったと思います。我々の脳みそでは不足する部分を大いに助けてもらおう、と言うことです。
生成AIはTPOに応じて使いましょう。大人的な宿題や仕事上の報告物はAIで十分です。細かい言い回しをちょこっといじれば、あなた自身のオリジナルとなります。わけししょうなんて、全然やってますよ。これは非常に便利です。
これまでのKindle出版にもいくつも用いています。以下に示します。



独特の違和感というか、癖があります。限界もありますが、勢いで使っちゃうかもしれません。
なにしろ、リクエスト(プロンプトという)を軽く出したら、あとは勝手に作成してくれるのです。ダメ出しをしても、作り直しを命じても、文句を言うことなく作り続けてくれます。課金がかかる場合はありますが。
恐ろしい世の中になったものです。
あなたの指令に従い、イメージを形にしてくれるのです。絵心がなかろうが、センスがなかろうが、世に成果物を提供してくれます。
常々ですが、申し上げます。時代にITに付いていけないとはもう言わないように。というか、その思考停止は、あなたを幸せから遠ざけます。
この世の流れに逆らうことになるけど
そんなご時世に、あえて編集だの文章とかに挑戦してみましょう、という無謀な企みを提案します。
その前提として、文章表現はあくまでも手段に過ぎないということを忘れてはいけません。あらゆる学術も技術も武術も、外国語もです。
方法論としての文章力&編集力を培っていけたらいいなあ、ってのが本稿の主訴です。
社会と言われる人間(じんかん)で生きている我々は、自身の足りない部分を外に求めることができます。
有償/無償を問わず、できないことは誰かに頼む/頼ることができます。サービス業や医療、修理にコンサル、役所や警察、友人にご近所などなど。
もう少しハードルが低い手段としての、各種の道具やテクノロジーが我々を助けてくれます。自動車に航空機などの移動手段。めんどくさい計算にはにコンピュータ。インターネットで世界に繋がり情報のシャワーは浴び放題です。編集・出版でいえば、文字の発明、紙の発明、活字の発明、印刷の発明が人類の文明を伝え残してきました。
そして、我々の頭には学んだことが入っています。子どもの頃からの勉強の目的ってこれです。そう、何にもない徒手空拳でも覚えていることは役に立つことがあるからです。サバイバルのレベルですかね。
僕たちは学校教育に潰されてきたんだ
文章が得意という人はほとんどいないと思います。逆に苦手っていう人は多いんじゃないかなあ。それは学校での文章作成が、とてつもなくつまらないことに起因します。
我々が通ってきた学校教育では比較優位という、ごく一部の連中がでかい顔をする、それ以外の大多数が面白くない、クソでしかない競争にさらされてきました。

本来のクリエイトには数値化する優劣ってのは、実は難しいのです。でも、システムとして数値による評価をしなければならないのです。
さらに、教師といわれる仕事をしている人のほとんどは素人同然です。これが、我々を勉強嫌いにしている大きな原因です。
今からでも遅くありません。物書きが楽しいってことを取り返しましょう。
わけししょうの原体験を2つ。
1つめ。小学生の頃、日記を付けようとしたことがありました。なんか、当時って日記や文通なんかが流行ってましたよね。カタチから入るのは今も昔も同じで、文房具屋さんでガラにもないような可愛い、ノートではない本型の日記帳を入手したからでした。
つたない文章だったのですが、数日分を書き溜めたのを後日に読み返して、「これって面白れぇなあ~」と 子どもししょうは思ったのです。結局は書いたページを破り捨ててしまい、日記帳自体も捨ててしまいました。いったい、何がしたかったのでしょうか。
2つめ。小学6年のときだったかなあ。クラスで作文の発表がありました。いまでも鮮明に覚えています。そのとき担任の鈴木先生から指名されたのは優等生たちではありませんでした。クラス1のお調子者でありました。
彼の作文には度肝を抜かれたのです。なんでか? 方言丸出しの口語体で展開されている文章が本人によって読まれたのです。内容は完全に忘れてしまいました。文体はこんな感じ。伊予弁の雰囲気が伝わるかなあ。
わしが母ちゃんに向かって言うたんやが。
なにをしょうもないこと言よるんじゃ。わしがそんなことするわけ、なかろが!
困ったわしは、どうしたらいいんか、考えるしかなかったんよ。
それまで、当然とされてきた「ですます」体を完全に無視しています。優等生たちも、それを目指さなきゃいけないと思い込んでたわけししょうたちもビックリです。内容はともかく、自己一致といいましょうか、思ってることと言ってることが矛盾もウソ偽りもないのです。とにかくビシビシと伝わってくるのです。
特に読書感想文なんて、小学生の頃からクソだと思ってました。面白くもなんともない本をよく解らず読んで、あらすじを並べて最後に「〇〇だと思いました」で〆る、と。教師の力量もひどかったのかもしれませんし、学ぶことなんてなかったですよね。
わけししょう、書物にアレルギーはなく、いろいろ本を手にするようなり、面白い本に出合えたのは高校生になってからでした。大人たちは面白い本を読んでんだなあ、と。
思考は言語によって現実化する
言葉・言語・文章は情報伝達の手段です。
しかし、「言霊」(ことだま)なんて日本語があるように、言葉には霊的なものが宿っていると考えるのが、我々の民族性です。
そして重要なのが、脳みそを使って物事を考えることにも、言葉が重要になってくるのです。
人間が言語を獲得するプロセスを見れば理解しやすいですね。生まれた赤ん坊は言語を獲得していませんから、まずはとにかく泣く。不快・欲求・不眠など、を涙を流して全霊を振り絞って泣きわめきます。周りがなぜ泣くか、どう対処すればいいか、頭をひねりますよね。それによって本人の希望を通していきます。
話しはじめるときは「マンマ」から始まるんじゃないかな。食べるものと母親が同時・同意に発声されるような。しかも、世界的にMから始まる母ちゃんが多いんじゃないかなあ。これもお乳を飲むことと関係あるかも。
大人との言語を通したコミュニケーションを通じて、赤ちゃんは言語を獲得していきます。この頃の親や大人は、それはもう根気強く根気強く関わります。発した言葉に反応したり、真似したりすれば、本人よりも大喜びするかも。
知能の向上って、言語力とイコールといっていいかもしれません。少なくとも相関しているのは間違いない。
個体差もありますが、1歳にもなれば大した口を叩くようになる子もいますよね。すでに母親を言い負かしてしまうような。
我々だって同じです。これからもさらに高い思考を巡らせるためにも、言語力を伸ばしたいところです。
漢字は中国産だが
ここで、日本言語に関する歴史を少しご披露します。
和製漢語といわれる、明治初期に欧米の単語を日本語に翻訳する膨大な作業がおこなわれました。我々が普段使っている単語の多くが実は意外と新しかったりするのです。これらを積極的に用いましょう。
AIにその一部を列挙してもらいます。GoogleのGeminiに「やあ。明治期に作られた和製漢語を20個くらい列挙してください」とのプロンプトを投げた回答が以下の通りです。
こんにちは!明治時代は、西洋の概念を翻訳するために膨大な数の和製漢語が作られた、まさに「言葉のビッグバン」のような時期ですね。
ご要望に合わせて、20個列挙します。
- 社会
- 経済
- 文化
- 文明
- 自由
- 権利
- 個人
- 義務
- 法律
- 政党
- 憲法
- 思想
- 文学
- 芸術
- 自然
- 技術
- 科学
- 時間
- 空間
- 写真
これらは今や日本語の日常会話に欠かせない言葉ばかりですが、明治時代に概念が翻訳されて定着したものです。
何気なく使っている言葉も、実は先人の苦労あっての成果なのです。
だいたい、「革命」とか「共産主義」とかも和製なんですよ。敵国の言葉がないと国の根幹が示せない国ってなんなんでしょう。
慣用語としては「写真」とは使いません。「照片」とか言います。これらは日本とは異なる点です。
語彙(ごい)を増やそう
我々は学校教育で潰されてきた、的に述べました。しかし、本稿の結論は「勉強しなさい」となります。結局、結論は学校の先生や親が言うのと同じです。
しかし、我々が「勉強しなさい」と言われて戸惑ったのは、勉強が嫌いというよりも、何をどう勉強していいか分からないからです。
ここでは具体的に、どう勉強すればいいかを示します。
語彙を増やしましょう。
使いこなせる日本語は、貴方の思考を構成するパーツです。パーツが豊富なほど、智慧や説得力に深みが出るのです。
単に難解な言葉を憶えればいいとは限りません。使えこなせないものは役に立ちません。
具体的には、日本語に触れる機会を増やしましょう。わけししょうの経験では、活字でも歌でも映画でも演劇でもなんでもいいと思います。あえて、本を読みましょうとは申しません。手段は選ばなくてかまいません。
そして、いいなと思える言葉や言い回しを拾ってください。忘れてしまってもかまいません。メモなんてしなくてよろしい。
わけししょうもなんとなく憶えている言い回しを使ったりします。偉そうに言うと「文体」を拝借するのです。
言語力はあなたを幸せにする

「口が上手い」とか「弁が立つ」などという人種がいます。その一方で「口下手」「言いたいことが言えない」とか思っている人たちもいらっしゃいます。
さらに「空気を読む」という特殊な空気に包まれた風土に生きています。「同調圧力」とか「出た釘」とか「以心伝心」とか。
しかし、すでに時代錯誤ともいえます。そう、はっきり口に出さなきゃ伝わらないのです。そんな風潮も出てきたんじゃないでしょうか。
特に男女間はそうですね。男子諸君、しっかり口に出して言いましょう。
「君の作ったみそ汁を毎日飲みたい」がプロポーズの時代は過ぎ去ったのです。今の人は分かんないでしょうが、昭和の時代はこれが「結婚してください」の意だったのです。
さらにいえば、外国の人との関わりも言語を介してこそ、その面白さが実感できます。言葉が通じるって楽しいのです。
「無限の可能性」とは?
「人間(特に若者)には無限の可能性がある」という万能の言い訳というか免罪符があります。
耳に心地いいですか。わけししょうに言わせれば「無責任」きわまりない、昭和時代の「コンピュータ」でなんでもできる論と同じですね。どうすりゃいい、という方法論は置き去りです。
何度も触れてますが、この世はクリエイターには極楽かパラダイスです。手段はこの世に溢れています。そして、ハードルがどんどん下がっています。
AIしかり、スマホのアプリにインターネット。コスト的にも無料やコスパがいい。これらが無限の可能性を花開かせることにつながります。
咲かせてこそ花です。小さくても、美しくなくても、人目に触れなくても、上手くいかなくてもいいのです。それが人に触れてもらえば実/果となるのです。
著作物という至宝
皆様もご存知の通りです。わけししょうもいろいろ実践という名の悪あがきをしています。
2025年は一念発起して、電子書籍なるものに挑戦しました。

微々たる成果かもしれません。迷い込んだ界隈をウロウロしている感覚です。経済的にも不発といっていいレベルです。それでもいいのです。世に出たって既成事実でいいんだよね。
ここでご提案。
貴方も挑戦してみませんか。準備が整ってないのは前提です。
相当に頭を使うし、めんどくさくて、思うようにはいきません。それで当然です。
わけししょうは「としのぶこ」という枠組みをこしらえています。

こちらにて相談しましょ、そうしましょ。
日本語って言語は世界で最も難しくて繊細で美しいのです。それを駆使して何かを発信しませんか。そのお手伝いをいたします。

